
離職コストとは、社員1人の退職で会社が失う金額の総称です。採用・教育・生産性低下の3層で、1人あたりおよそ180〜530万円が目安(公的な単価統計は存在せず、実務からの積み上げ)。このうち約3分の1は現場の関わり方で防げる可能性があります。
「今までありがとうございました」。ある日の夕方、入社3年目の社員が封筒を差し出してきたとき、多くの経営者がまず頭に浮かべるのは、後任をどうするかということです。求人を出し直し、面接をこなし、また一から仕事を教える。抜けた穴を、残ったメンバーで当面はしのぐ。目に見えるのはそこまでです。
けれど、実際に失われているのは「後任の採用費」だけではありません。従業員が数十人から数百人という規模の会社で、人事を専任で置く余裕がないほど、その退職1件が経営に与える負担は静かに、しかし確実に積み上がっていきます。
この記事では、離職コストとは何かを、私たちが企業支援の現場で使っている試算をもとに3つの層に分解し、社員1人あたりでいくら失われるのかを具体的な数字で示します。そのうえで、防げる離職と防げない離職をどう見分けるか、対策にかけるお金を「出費」ではなく「投資判断」として扱うにはどう考えればいいかを、順番にお話しします。
◆ この記事でわかること
- 離職コストは「採用・教育・生産性低下」の3層で、社員1人あたりおよそ180〜530万円
- 1人あたりの目安がわかる早見表と、自社にあてはめる簡単な計算式
- 離職理由の約3分の1は現場の関わり方で防げる ―「防げる離職」の見分け方
- 費用を「出費」ではなく「防げる損失を守る投資」に変える考え方
離職コストとは?「採用し直す費用」だけでは損失は見えない
離職コストとは、社員が1人辞めたことによって会社が失う金額の総称です。多くの経営者がこれを「求人広告費と、次の人の初任給」くらいでイメージしていますが、その枠で捉えている限り、対策の優先順位は正しく決まりません。まず、損失がどこに潜んでいるのかを見える形にします。

離職コストは「見えるコスト」と「見えないコスト」に分かれる
離職コストは、大きく2種類に分かれます。ひとつは、請求書や給与明細に残る見えるコスト。求人媒体への出稿費、人材紹介手数料、研修の外部講師費などがこれにあたり、あとから振り返れば計算できます。もうひとつが、帳簿に領収書の出ない見えないコストです。引き継ぎの混乱、残ったメンバーの残業、辞めた社員が持っていた顧客との関係やノウハウの消失。こちらは金額として表に出にくいぶん、対策の対象からも外れがちです。
この「見えないコスト」ほど経営を静かに削ります。たとえば、辞めた社員が長年かけて築いた取引先との呼吸。後任がそれを取り戻すまでの数か月、受注が細くなっても、それは「離職コスト」として帳簿には現れません。あるいは、一人抜けた分の仕事を巻き取った同僚が疲弊し、その人まで転職を考え始める。連鎖の入り口になっても、最初の1件との因果は数字に残らない。見えないからこそ、ここに離職コストの本当の重さがあります。
離職コスト1人あたりの内訳と計算 ― 3層でおよそ180〜530万円
では、離職コストは1人あたりいくらになるのか。私たちが支援先で使っている試算では、離職1名あたりの損失をおおまかに3つの層に分けて捉えています。採用・教育・生産性低下の3層です。
3つ目の生産性低下が、いちばん見落とされやすく、いちばん幅が大きい層です。引き継ぎがうまくいかず業務が滞る、周囲が残業でカバーする、その社員が持っていたノウハウや顧客との関係が失われる、後任が立ち上がるまで機会を逃す。こうした連鎖まで含めると、1件あたりおよそ80万円から250万円という幅で損失が生じます。
1人あたりの目安がわかる離職コスト早見表
3層を合算すると、社員1人の退職で失われる金額は、おおよそ180万円から530万円という規模になります。採用の入り口だけでとどまる場合と、生産性低下まで連鎖した場合とで、これだけの開きが出ます。
この数字は公的な統計ではなく、私たちが企業支援の経験から積み上げた試算です。業種や職種、その人の担っていた役割によって金額は大きく動きます。ただ、レンジの下限である180万円ですら、後任の採用費だけを見ていたときの感覚とは、桁が違うはずです。
◆ 自社にあてはめる簡単な計算式
年間の離職者数 × 1人あたり離職コスト(目安180〜530万円)
たとえば年間5名が退職している会社なら、下限で見ても年間およそ900万円、生産性低下まで含めれば2,000万円を超える規模の損失が、静かに発生している計算になります。まずは自社の離職者数に下限180万円を掛けるだけでも、対策の優先度は変わってきます。
「防げる離職」と「防げない離職」を仕分ける
損失の大きさがわかると、次に湧いてくるのは「では、どこまで防げるのか」という問いです。結論から言えば、すべての離職を防ぐことはできませんし、防ぐべきでもありません。大事なのは、防げるものと防げないものを分けて考えることです。
離職理由の約3分の1は、現場の関わり方で変えられる
厚生労働省の雇用動向調査(令和5年)をもとに離職理由を整理すると、その内訳が見えてきます。職場の人間関係がおよそ11%、労働時間や休日への不満が約10%。給料などの収入は8%前後にとどまり、仕事内容への関心が6%ほど、能力や個性を活かせなかったという理由も5%程度を占めます。これらは、現場の関わり方やマネジメントの工夫で改善できる余地がある領域で、合計するとおよそ33〜35%になります。
一方で、定年や契約期間の満了、結婚・出産・育児・介護、会社都合、その他の個人的理由などは、合計でおよそ43%を占めます。こちらは、会社がどれだけ手を尽くしても止められない、あるいは止めるべきではない離職です。
ここで押さえたいのは、離職を「個人の問題」ではなく「組織の構造と運用の問題」として捉え直す視点です。「あの人は続かなかった」で片づけている限り、次も同じことが起きます。防げる約3分の1に絞って手を打てば、離職予防は再現性のある取り組みに変わります。
若手ほど早期離職の入り口に立っている
もう一つ、経営者に意識してほしいのが若手の定着です。厚生労働省の集計では、新規学卒者の就職後3年以内の離職率は、高卒でおよそ38.4%、大卒でおよそ34.9%となっています(令和3年3月卒業者)。せっかく採用して育て始めた若手の3人に1人以上が、3年のうちに職場を去っている計算です。
先ほどの損失の話と重ねると、その意味の重さがわかります。育成に手をかけ始めたばかりの若手が辞めれば、教育コストは回収されないまま消え、また採用からやり直しになる。若手の早期離職は、防げる約3分の1のなかでも、投じたコストが最も大きく無駄になりやすい領域だと言えます。
数字は動く ― 離職コスト削減が起きた支援の現場
「防げる離職はある」と言われても、実際に数字が動くのかどうかは、経営者にとって切実な問いです。ここでは、私たちが伴走支援に入った2つの現場で、何が起きたかを紹介します。数字は匿名化のうえで実際の記録に基づいています。
「認められている実感」が積み上がった事例
▍支援事例 ― サービス業
エンゲージメント調査を定点で運用しているサービス業の会社では、管理職に経営の視点を養うトレーニングと、安心して意見を出せる場づくりを組み合わせて伴走しました。エンゲージメントの全体平均を定点で測ると、3.34、3.47、3.57と、調査のたびに着実に上がっていきました。
とくに動いたのが「よい仕事を認められた・褒められた」という項目です。2.54から3.05へと、0.5ポイント以上の改善を見せました。同時に「意見が尊重されている」という項目は下がったため、次に手を打つべき場所も見えてきました。承認が積み上がる一方で、意見を吸い上げる仕組みには課題が残る。感覚ではなく数字で語れるようになったことで、次の一手を外さずに設計できるようになったのです。
「なんとなく良い職場」を数字で捉え直した事例
▍支援事例 ― 調剤薬局チェーン
6店舗・40名規模の調剤薬局チェーンでは、人間関係も在庫への意識も悪くない、けれど利益を生む行動が線でつながらない、という状態がありました。全体平均だけを見ていると、問題が表面化しにくい典型です。
そこで、患者さんへの声かけや加算につながる行動を5段階で評価し、実態を可視化しました。総合スコアは5点満点で3.05。「やったほうが良い」で止まっている中程度だと数字で示されたことで、経営陣の認識が変わりました。さらに、薬剤師が事務職より1点から1.5点高いという職種差や、成績上位店の「やり方」を他店へ横展開する価値まで見えてきた。全体平均という一枚の数字の裏に、これだけの打ち手が隠れていたわけです。
この2つの現場に共通するのは、研修を1回やって終わりにしなかったことです。学びが現場の言動として根づくには、知識とスキルに加えて、それを続ける仕組みが要ります。上司が進捗を確認し、同僚が互いに声をかけ、外部の支援者が定点で見る。この継続の仕組みがあって初めて、数字は動き続けます。
離職コストを「出費」から「投資判断」に変える
ここまで見てきた損失の大きさと、防げる領域の存在を重ねると、離職予防の位置づけが変わってきます。
「防げる損失」から逆算して考える
離職対策の話になると、多くの会社が「いくらかかるか」から入ります。けれど、順番が逆です。まず「防げなかったら、いくら失うか」から考える。社員1人の退職でおよそ180万円から530万円が失われ、その約3分の1は現場の工夫で防げる可能性がある。この前提に立てば、対策にかける費用は「出費」ではなく、失われるはずだった金額を守る「投資判断」に変わります。
一人前を1人失う痛手を、採用のやり直しでゼロから埋め直すのか。それとも、辞める前に手を打って、その人に残ってもらうのか。同じお金でも、どちらに向けるかで会社の体力の減り方はまったく違ってきます。
個人の頑張りではなく、続く仕組みに投資する
もう一つ大切なのは、離職予防を特定の上司の頑張りや相性に頼らないことです。「面倒見のいい課長がいるから、あの部署は辞めない」という状態は、その課長が異動すれば崩れます。属人的な良さは、続きません。
だからこそ、防げる約3分の1に対して、誰がやっても同じ成果が出る仕組みをつくることに意味があります。人の意思決定のクセや価値観の違いを共通言語にして、上司と部下のすれ違いを「対立」ではなく「調整」に変える。社員の状態を定点で見える化し、下がってきた領域に早めに手を入れる。こうした再現性のある関わり方が、静かに積み上がる離職コストを、静かに減らしていきます。
まとめ ― 辞めてから動くのではなく、辞める前に
社員1人の退職で失われるのは、後任の採用費だけではありません。採用・教育・生産性低下の3層を合わせれば、およそ180万円から530万円という規模になります。そのうち約3分の1は、現場の関わり方で防げる可能性がある領域です。ここに絞って、続く仕組みとして手を打つ。それが、離職コストを経営の数字として扱うということです。
離職は突然起きるわけではありません。必ず前兆があります。その前兆に気づき、手遅れになる前に動けるかどうかで、来年のこの時期に受け取る封筒の数は変わってきます。
よくある質問
Q. 離職コストは1人あたりいくらですか?
採用・教育・生産性低下の3層を合算し、およそ180〜530万円が目安です。役職や採用の難易度が上がるほど上振れします(公的な単価統計は存在せず、企業支援の実務からの積み上げです)。
Q. 離職コストはどうやって計算しますか?
「年間の離職者数 × 1人あたり離職コスト(目安180〜530万円)」で概算できます。内訳は採用コスト(新卒 約48万円)+教育コスト(新卒 約38万円/中途 約12.7万円)+生産性低下(約80〜250万円)の3層です。
Q. 離職コストは削減できますか?
離職理由の約3分の1は、職場の人間関係や働き方など現場の関わり方に起因し、ここが削減の余地です。一方、定年・契約満了・結婚・出産などによる約43%は防ぎにくい部分です。防げる約3分の1に絞り、続く仕組みをつくることが削減の要点になります。
Q. 若手の早期離職はどのくらいですか?
就職後3年以内の離職率は、高卒で約38.4%、大卒で約34.9%です(令和3年3月卒業者・厚生労働省)。育成コストを投じた直後に失われやすく、防げる離職の中でも損失が大きくなりやすい領域です。
Q. 「見えない離職コスト」とは何ですか?
引き継ぎの混乱、残ったメンバーの残業・疲弊、顧客との関係やノウハウの消失、後任が立ち上がるまでの機会損失など、帳簿に出ない損失を指します。3層のうち生産性低下がこれにあたり、金額の幅が最も大きくなります。
参考資料
- 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)」 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00007.html
- 厚生労働省「雇用動向調査(令和5年)」(離職理由の内訳の目安として参照)
- Deci, E. L. & Ryan, R. M. (2017). Self-Determination Theory. https://en.wikipedia.org/wiki/Self-determination_theory
※本記事に記載した「離職1名あたり180〜530万円」の損失額は、公的な離職コスト単価統計が存在しないため、離職予防士協会が企業支援の経験に基づいて積み上げた試算です。業種・職種・役割により金額は大きく変動します。
離職予防士協会 代表離職予防士
嶋田 亮
2005年の会社設立以来、経営と人材育成の現場に20年以上携わり、その知見から離職予防士の体系を確立しました。心理学・脳科学を取り入れた参加型トレーニングを、企業・福祉・行政で年間およそ100回。近所の相談できる先輩のような距離感で、離職の前兆に気づける組織づくりを支えています。
